Two Days, Three Nights    サンプル(本文より抜粋)


 カンセルとの待ち合わせは七時。二人で良く行くスラムの小さな居酒屋だ。

 待ち合わせ時間までは間があったので、ザックスはそちこちで冷やかしながら店を覗いていた。
 しょっちゅう顔を出すせいで、ほとんどの店で、冷やかしに入ってもイヤな顔をされない。
 にこにこと人の良い笑顔でちょっと挨拶をすれば、大抵は歓迎の言葉が返ってくる。
「よー、ザックス。なんか買ってけよ」
「ああ、今日は顔見に来ただけ。掘り出しもん入ったら教えてよ」
「これなんかど…」
「きゃー! ザックスー! 久しぶりじゃない? うち寄ってってよー」
「おっと、エレイン、そんな情熱的…ん…んん…」
「おい、ザックス。そんな道の真ん中で熱〜いキスなんかしてんじゃねえよ」
「…ん…ン…、や、これは…」
「ひゅーひゅー」
「ちょーっと、あんたっ! ザックスに何してんのよっ!?
「何って、見ればわかるでしょっ! ふんっ!」
「まあまあ…ケティ、そんな怒んなよ〜」
「ザックスじゃない! 今日こそはうちの店で飲んでってもらいますからね」
「あー、ジェシー。ちょっとダチと会う約束があるからさぁ。あとで行くわ」
「いっつもそうやって来ないじゃない!」
「行ったときはちゃんと…ほら、…してるだろ?」
「も、ザックスったらぁ、そんなこと道の真ん中で言わないでよっ」
「ザックスー、あっちもこっちもほどほどにしとけよー」
 空気中にピンクのハートが乱れ飛んでるような具合で、ちょっとした歩くつむじ風といったところである。
 そんな騒ぎを存分に楽しみながら、長い脚でスラムを闊歩するザックスはまさに水を得た魚といった風情だった。
 頻繁に足を止めさせられるものだから、目的地になかなかたどりつかない。
 時間に余裕があったはずなのに、このままでは待ち合わせに大幅に遅れそうだと判断し、ひょいと脇道に入った。
 スラムは区画もなにもあったものではなく、雑多に建物が入り組んで建っている。その分、変なところに通路めいた隙間があり抜け道のように通ることができた。知らない人間にとっては迷い込むと出られなくなる迷路だが、ザックスにとっては探検気分で通る抜け道だ。
 引き止められる知り合いを避けつつ、近道をするにはちょうど良い辺りをすいすいと歩いていく。
 これなら、それほど遅れなくて済みそうだ。まあ、多少遅れてもカンセルならそう大して文句は言わないだろうが。
 その時、横手の方から揉み合うような物音がして、足を止めた。
 そっと路地を覗くと、数人の男たちが誰かを取り囲んでいる。
「離せっ!」
「ちょっと一緒に遊ぼうって言ってるだけじゃん」
「人にしつれーな態度とったお詫びだと思ってさ」
「ほら、来いよ」
 さらに揉み合う音がして、ばしっと殴るような音がした。
「――っ、こいつっ!」
「ちょっときれいだからって、いい気になんなよ」
「ここでヤってもいいんだぜ、え?」
 事態は悪化の一途をたどっているようだ。
 こんなことはスラムでは日常茶飯事だ。いちいち気にしていたら、スラムになど住んでいられない。まして、ひとつひとつ助けて回ることなど出来るはずもない。そういう破目に陥る方が悪いということにされてしまう。だが、見てしまった以上、放っておけないのがザックスだった。
 声から判断して取り囲んでいるのは四人、楽勝だ。ただ、路地が狭いので、一気には難しいかもしれない。
「さーて、どうしますかねー?」
 小さく呟きながら、ざっと考え、敢えてこちらに注意を向けさせる方法に決める。
「おにーさんたち、何してんの?」
 わざとらしくのんびりとした口調で声を掛けた。
 一斉に男たちが振り返る。背後にはまったく注意を払っていなかったようだ。
「一人をよってたかっていじめるなんて、ズルいんじゃねぇ?」
「てめーに関係ねえよ」
「あー、そう言われればそうなんだけどさー」
 頭をカリと掻きながら、間延びした口調を崩さずに、相手との間合いを計る。
 もう少しこっちに寄ってきてくれれば…。
「どっか行けよ」
「それとも、てめーもヤられたいのか?」
「や、それは遠慮しとくわ」
 襲われていたヤツがどうなっているのか、男たちが邪魔で見えないが、目の前に立ちふさがるのが三人ということは、奥にいる残りの一人が押さえているのだろう。
 できれば一気に四人まとめて倒したかったが、そうもいかないようだ。
 ザックスは心を決めると、すっと腰を落とした。
 その後、男たちには自分たちの身に何が起こったのか、わからなかったに違いない。
 一人のみぞおちに拳を叩き込むと、もう一人はつま先でみぞおちを突く。三人目は首の後ろに軽く手刀を当て、昏倒させた。そのすべてを完璧に力をコントロールし気絶させた。
 残りの一人を仕留めようと、向き直ると、最後の一人がちょうど地面に崩れ落ちるところだった。
「おっ、やるじゃん」
 そう言って目を向けた先には、スラムの薄暗がりの中でさえぼうっと光って見える金色の頭があった。
 その金色の頭がさっと振り返った。
 最初に見たときに感じたのは、驚き、だった。
 こんな人間が現実に存在するのか、と思うような、まるでファッション雑誌から抜け出てきたモデルのような容姿に目が釘付けになった。
 相手が何を思ってザックスを見つめていたのかわからないが、どれだけの時間視線を合わせたままでいたのか。もしかしたら、ほんの一瞬だったのかもしれないし、ずっと見つめ合っていたのかもしれない。しかし、ザックスにとっては随分長く感じられた。
 すっと相手が視線を外したのをきっかけに、やっと今の状況を思い出した。
「大丈夫か?」
 ちょっとどぎまぎしながらザックスが問うと、相手は微かに頷いた。
「怪我とかは…してねえみたいだな」
 これには軽く肩をすくめてみせる。
「えー、と。ここから出た方がいいんじゃないかな? 明るい所まで一緒に行った方がいいと思うけど…?」
 窺うように見てくる態度から、もしかしたら自分も警戒されているのかもしれないと気がついた。
「オレ、ザックス。ザックス・フェア、ソルジャーだ」
 そう言って右手を差し出すと、やっとはっきりとした反応が返ってきた。
「ソルジャー?」
「そ、神羅のソルジャー。目が蒼いだろ?」
 自分の目を指差していると、少しだけ近寄って瞳を覗き込むようにしてくる。
 ザックスはその貌の端正さに改めて驚いた。
 すっと通った細い鼻筋、信じられないほど澄んだブルーアイズ、その大きな瞳を取り巻く長い睫毛、髪の毛と同じ金色の整った眉毛、柔らかそうな淡い紅色の唇、それらが最高のバランスで配置されている。そしてどんな女の子でも憧れるクリームのような肌。
 これだけ書くと女の子のようだが、女性を形容するような言葉とは裏腹に、一目で間違いなく男性だとわかる。男性に使うのはおかしいかもしれないが、一言で言えばまさに美人。
 モデルのようだと思ったのは、全身のバランスのせいだということもわかった。
 ザックスに較べれば背は決して高くないのだが、頭が小さいせいか、モデル並みの八頭身、もしくはそれ以上のスタイルだ。
 スラムの路地裏の暗がりの中で特殊なソルジャーの視力はこれらすべてを見てとった。
 相手は、じっと見つめてどこか納得したのか、小さくひとつ頷くと、差し出されていたザックスの手を握って言った。
「ありがとう」
 それに応えてにこっと笑いかけてやると、恥ずかしそうに少し俯き加減になりながらも唇の端が上がったのがわかった。
「ソルジャーって凄いんだな」
「ん?見んの初めて?」
「戦ってるところは」
「ああ、なるほど。でも、あれは戦ってるってほどじゃないけどな」
「…そう、なんだ」
「そっちこそ、なかなかやるじゃん」
「えっ?」
「一人伸してた」
「ああ…。あれは、あいつらがそっちに気を取られてたから…」
「いやいや、それでも普通は簡単に気絶させるとか、なかなかできないって」
「……ご…、体術とか少しやってるから」
 何か違う言葉を言いかけて慌てて言い直したのには気づいたが、ザックスは気に留めなかった。
「やっぱりな! っと、さっさとここ離れた方が良さそうだな。こいつらが目を覚ますと面倒だ」
 地面に伸びている男たちをくいっと顎で指し示しながら、何故か喋ってる間ずっと握ったままだった手を引くと、歩き出したザックスに素直についたきた。
 繋いだ手を左手に持ち替えて、大きな通りへと向かう。
「おにーさん、もしかして、ここらへん初めて?」
「そう…だけど…」
「こんな路地に入り込むと危ないよ。明るい通りからはずれないようにした方がいい」
「…そうする」
「あと、あんま夜遅いのも危ないから、慣れるまでは夜出歩かない方がいいよ」
「…………」
「あれ?説教じみてた?」
 ちょっと屈んで顔を覗き込むようにして隣を窺うと、微苦笑といった感じで首を振っている。
 そんな表情まで美人だと感じさせてしまう、このモデルみたいなヤツって何者なんだと改めて興味がわいた。
「名前聞いていい?」
「…クラウ…ド」
「クラウドね。オレ、ザックス、ってこれさっき言ったよな」
「うん」
「ミッドガルは初めてってことは――どっから来たの?」
「…………」
「聞いちゃマズかった?」
「いや、言ってもわからないくらいの田舎だから」
「えー、オレもものすごい田舎出身だぜー。誰に言ってもわからないくらい。ゴンガガって知ってる?」
「……知らない…」
「だろー? ど田舎なんだよなあ」
 隣でくすくす笑っているのに気を良くして、もうちょっと突っ込んでもいいかなと思った。
「観光?仕事?」
「…観光みたいなものかな」
「ふうん。あ、オレ、案内してやろっか?」
「え?」
「けっこう詳しいんだぜ。それにボディガードにもなるし」
「…それは言えるかも」
 またくすっと笑っているクラウドに、さらに気を良くして、ザックスは言った。
「だろ? 決まりな」
「え…」
「じゃ、どこ行く? って、ちょっと待って。オレ、待ち合わせしてたんだった。やっべー」
 クラウドが何も言えずにいる間に、なんだか話がどんどん進んでいく。
 どうすっかなー、と思案しているザックスに、クラウドはどうやって断ろうかと考えていた。
「な、腹減ってない?」
 いきなり聞かれ、クラウドは夕ごはんを食べていなかったことを思い出した。
 思い出したら、お腹のあたりの力が入らなくなってくるようで、今まではかなり緊張していたことに気づかされた。
「減ってる…」
 つい正直に呟いてしまう。
「じゃ、腹ごしらえが先な」
「あの…」
 クラウドが躊躇っている間に、どんどん話を進められて、断り切れない状況になっていく。
「あ、オレの友だちと一緒だけど、いいよな?」
「え…?」
「約束しちゃっててさ。そこ、メシもけっこう美味いから大丈夫」
 クラウドの躊躇など置き去りにして、ザックスにとってはすでに決定事項となっているらしい。
 だが、クラウドもなんとなく一緒に行ってもいいかな、と思い始めていた。
 こんな風に接してくれる人は初めてだったのだ。
 それに、と自分に言い聞かせる。ソルジャーだって言った。だから、多分大丈夫。
 ソルジャーというものにすごく憧れていたから、もう少し詳しく知りたいというのもあった。
 このソルジャーが持つ蒼い瞳にも惹かれていた。とてもきれいだと思った。
 惹かれた理由が、ソルジャーの持つ独特な蒼い瞳なのか、それとも、ザックス自身の不思議な魅力がほとばしるように煌めく瞳だからなのか、このときはクラウドの意識にすら上らなかった。








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