Wish Stone   サンプル(本文より抜粋)


  〜1〜

「きゃっ!」
 小さな叫び声のすぐ後に、がしゃーんという大きな音が部屋に響いた。
「マリン!?」
 クラウドが慌てて振り返ると、マリンが困った顔で立ち尽くしていた。
 足元には、たった今盛大にひっくり返してしまった引き出しの中身が散らばっている。
「大丈夫か? ケガは?」
 床の上に散乱している各種ガラクタを避けながら傍に寄ると、クラウドはそっと頭に手を置いて顔を覗き込んだ。
「うん、大丈夫。でも……」
 マリンはひっくり返った引き出しとその周りに散らばった中身に目をやった。
「ごめんなさい。奥に何か引っ掛かってて……。出そうとしたら全部引き抜いちゃった」
「ケガしてなかったらいい。どうせ大したものは入ってないから」
「うん、ケガは大丈夫」
 クラウドはぽんぽんと慰めるように頭を撫でてから、マリンと同じように辺りに目をやった。
 床に散らばっているのは、マリンがひっくり返した引き出しの中身だけではない。
 ここ数年でいつの間にか増えていった本がそこかしこに積み上げてあるし、配送のお礼だと言って押し付けられた細々した雑貨(中には包装すら開けていないものもある)、整理するつもりで放り込んだはいいが中に何を入れたかわからなくなった箱がいくつも、果てはバイクの部品やタイヤまで置いてある。
 ティファの堪忍袋の緒が切れるのも無理はなかった。
 いい加減に片付けないと片っ端から捨てるわよ、と脅されたのが数日前。困ってしまったクラウドに「あたしが手伝う」と申し出てくれたマリンと二人、朝から部屋を片付けているのだが、一向に進まない。
「ますます散らかっちゃったね」
 マリンの言葉に二人は顔を合わせて苦笑した。
「どうせほとんどは要らないものばかりだし、まとめて捨てるか」
「全部捨てちゃうの? うーん……、でも、中には要るものもあるかもしれないよ?」
「それほど大事なものはないから、大丈夫」
「そうかなあ」
 マリンは何かを探すように床の上を見回していたが、ついと屈み込んだ。
「コレ! 多分これだよ、引き出しの中で引っ掛かってたの。これ、なあに?」
 ちょうどマリンの手に納まるくらいの大きさの丸いそれは、ブラインドの隙間から差し込む柔らかな日差しを受けてきらりと光った。
「マテリア......じゃないよね? こんな色見たことないよ?」
 それに、マリンは、クラウドがマテリアをこんな風に放っておいたりしないことを知っている。
「ああ……それは……」
 『それ』を見るクラウドの目がふっと和んだ。
 引き出しに仕舞い込んでそれきりになっていた。
 いつから持っていたのかもわからない。気づいたときにはポケットに入っていた。
 メテオの厄災が一段落して、ここセブンスヘブンに落ち着くようになったときに引き出しに放り込んでそのままになっていた。
 けれど、どうでもいいから仕舞っておいた訳じゃない。とても大事なものだ。
「マテリア―――だけど、使い物にならないんだ」
 マリンが首を傾げた。
「……どういうこと?」
「いくらMPを注いでも何も起こらない」
 マリンの顔がますます怪訝そうになる。
「じゃあ、なんでマテリアだってわかるの?」
 マテリアがどんなものかくらいは、マリンだって知っている。MPを注いでも何も起こらないものをマテリアとは言わないんじゃないだろうか。
「マテリアだって教えられたから、かな」
「ふうん……。誰に?」
「それをくれたヤツ」
「だあれ?」
 ほんの少しの間、クラウドの眼差しがふっと遠くなる。けれど、マリンの顔を見ると微かに笑って優しく頭を撫でた。
「昔知ってたヤツ。それにヒビが入ってるだろ、それ」
「え? そう?」
 光に透かしてみると、確かに中で煌めいているものがある。
「これ、ヒビ? 中でなんかきらきらしてるよ?」
「うん……」
 一番最初に見たときはヒビなど入っていなかった。
 いつそんなヒビが入ったのか、自分のポケットに入っているのを見つけたときにはすでにそのヒビはあった。
 相変わらず自分の記憶にはところどころ穴がある。
 いや、神羅屋敷で実験の為にガラスのポッドに閉じ込められていたときも、そこから脱出し、ずっと逃げ回っていたときも、記憶に穴があるというより、ところどころの記憶があると言った方が正しい。意識がなかったときがほとんどだったのだから。
 その切れ切れの記憶の中に必ずあるのは、覗き込んできては優しく笑いかける蒼い瞳、くしゃくしゃに頭を撫でる大きな手、そしていつだってクラウドを守るように回されていた暖かい腕。
 ―――ザックス





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